R-αリポ酸の効能とS-αリポ酸の毒性に関する論文の要約と考察(2)|株式会社シクロケムバイオ
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2018.8.7 掲載

R-αリポ酸の効能とS-αリポ酸の毒性に関する論文の要約と考察(2)

このシリーズの(1)では、糖尿病患者のみならず、肥満患者もS-αリポ酸を50%含むαリポ酸ラセミ体サプリメントを摂取すべきでないことを、肥満ラットを用いて明らかとした研究論文を紹介しました。そこで、今回は、がん患者、慢性感染疾患、たとえば、肺結核症のように発症後の経過がゆるやかなもの、HIV感染症のように感染してから発症までの潜伏期が長いもの、HBウイルスのようにキャリアと発症の区別がつきにくいものを含み、そういった疾患を持っている患者、また、気管支炎のような気道感染症を繰り返すような患者に対しても、S-αリポ酸を50%含むαリポ酸ラセミ体を配合したサプリメントを摂取すべきでないことを、ビタミンB1(チアミン)欠損ラットを用いて明らかとした研究報告です。

その前に、ビタミンB1について解説しておきます。チアミン(ビタミンB1)はブドウ糖や分岐脂肪酸のエネルギー代謝に不可欠な補酵素です。不足すると神経系に特有の障害を引き起こし、脚気や神経炎などの症状を生じることが知られています。チアミンの欠損は過剰な労働や消耗性疾患などが原因となって引き起こされることがあります。これらの原因でチアミンの要求量が上昇する理由は体内でのATP消費の上昇に伴ってクエン酸回路の回転が早まり、チアミンを必要とするからです。尚、消耗性疾患とはがんや慢性感染疾患のように、全身性の強い消耗を伴う慢性疾患のことをいいます。

ここで質問です。『ニンニク注射』をご存知でしょうか?

実際にニンニクが入っているわけではなく、ニンニクの成分であるビタミンB1が豊富に含まれている総合栄養剤が入った注射なのです。ビタミンB1は、糖の代謝を促進しエネルギー産生を補助する作用がありますので、疲労を回復させる即効性の高い成分です。多くの方々がニンニクに含まれるアリシンが疲労回復成分だと勘違いされていますが、もともとアリシンはニンニクに含まれていなく、アリインから酵素変換されたアリシンがニンニクのもう一つの成分であるビタミンB1と化学反応し、アリチアミンになります。このアリチアミンは水溶性のビタミンB1を部分的に脂溶性にするためにビタミンB1の体内吸収率を10倍高めてくれます。そして、このビタミンB1が体内で疲労回復、免疫力向上、血流改善のために利用されているのです。

図1. アリチアミン形成によるビタミンB1の吸収性向上
図1. アリチアミン形成によるビタミンB1の吸収性向上

では、本題のGalらの研究グループによってビタミンB1欠損のラットを用いてαリポ酸ラセミ体の問題を暴いた1965年にNatureに発表された論文、Nature 207, 535 (31 July 1965) の内容報告です。尚、Natureは世界最高レベルの研究論文が発表される学術誌ですが、1965年当時もその世界最高峰の学術誌であることに違いはなく、αリポ酸ラセミ体の問題は当時にすでに認められていたことになります。
この論文発表の5年前の1960年にビタミンB1欠損ラットを用いてαリポ酸ラセミ体摂取による生存率の減少(死亡率の増加)に関する研究報告がありました。同じGalらのグループの報告です。E. M. Gal et al., Arch. Biochem. Biophys., 89, 253 (1960)
論文の中には、ビタミンB1欠損ラットの各種αリポ酸(ラセミ体、R体、S体)を投与した際、そして、その各種αリポ酸とともにビタミンB1を投与した際の死亡率の表がありましたが、分りやすくするために、死亡率を生存率に改変して示したのが、図2です。

図2. ビタミンB1(チアミン)欠損ラットによるαリポ酸の毒性評価(αリポ酸を腹膜内注入した際の生存率(%))
図2. ビタミンB1(チアミン)欠損ラットによるαリポ酸の毒性評価
(αリポ酸を腹膜内注入した際の生存率(%))

図2に示すようにS体とラセミ体はほぼ同様に生存率が低く、S体の毒性をラセミ体に50%含まれるR体は緩和できなかったと報告しています。一方、S体の毒性はビタミンB1投与によって防ぐことが出来ています。

・・・・つまり、このことは、ヒトであっても過労やがん、慢性疾患によって生体内ビタミンB1量が減少した場合、αリポ酸のラセミ体を摂取すると死亡率が増加することを意味しています

論文の考察として、S体が示した毒性はビタミンB1(チアミン)の水和体であるチアミンチオールとS体が反応して、脳内で毒性を示す中間体を生じたためではないか、と推察しています。

図3. ビタミンB1とS-αリポ酸による脳内毒性中間体の形成
図3. ビタミンB1とS-αリポ酸による脳内毒性中間体の形成

さらに、この脳内毒性中間体は脳内におけるチアミンの貯蔵に関与するだけではなく、R-αリポ酸はαケト酸の酸化的脱炭酸反応、たとえば、ピルビン酸からの炭酸ガスと酢酸が生成する反応の補酵素として働くが、その作用の阻害作用も持っているのではないか、とも推察しています。