鏡像異性体の悲劇とリポ酸(1)|株式会社シクロケムバイオ
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2013.5.7 掲載

鏡像異性体の悲劇とリポ酸(1)

鏡に映した右手は左手に見えます。これは、人間のカラダの構造に大きく関係しています。テニスボールやラケットを鏡に映してみてください。今度はどうでしょうか?ボールのように丸いもの、左右が対称のものは同じにみえますね。物質には、このように同じにみえるものと、反対にみえるものがあります。右手を鏡に映した時に左手と同じになる関係を鏡像関係といい、それぞれを鏡像異性体(光学異性体、エナンチオマー)というのです。

例えば、天然物質の乳酸や糖、グリシン以外のアミノ酸などは、右手と左手(あるいは実像と鏡像)の関係にある鏡像異性体の2種類の分子が存在します。これらの間での化学的性質や物理的性質はほとんど同じなのですが、この鏡像異性体が今日、大きな問題になっているのです。

その理由は、少し難しいのですが、鏡像異性体間で生理作用の異なる場合が多いことです。ヒトをはじめとした生体は、鏡像異性体のどちらか一方だけでつくられています。例えば、糖はほとんどがD体という鏡像異性体ですし、タンパク質をつくっているアミノ酸はL体という鏡像異性体です。そのため生体は、鏡像異性体のうちの一方しか受け入れてくれません。そのために起こった悲劇があります。サリドマイド事件です。

サリドマイドは、1957年に催眠薬(睡眠薬)としてドイツで開発されました。当初は安全な薬剤として考えられていたのですが、この薬には思わぬ落とし穴があったのです。不眠症に悩む妊婦がこの薬を摂取した場合、母体に影響はなかったのですが、胎児に大きな影響があり、アザラシのような手足の「四肢欠損症」の赤ちゃんが生まれました。この薬害は全世界に広がり、死産を含めると約5800例、日本でも309例の被害者を出すことになったのです。

後に、その理由が判明しました。鏡像異性体の一方は、催眠性を持っているのですが、もう一方の鏡像異性体は催奇形性を持っていることが分かったのです。この事件は、鏡像異性体の生体内における生理作用の違いを示し、投薬の際の鏡像異性体の重要性を広く世の中に知らしめました。

サリドマイド:催眠作用を持つ鏡像体(R)
サリドマイド:催眠作用を持つ鏡像体(R)
催奇性のある鏡像体(S)
催奇性のある鏡像体(S)

自然界で得られる天然物質を利用する場合には、このような問題は起きませんが、人工的に機能性物質を作る、いわゆる、有機合成反応を利用して合成する場合、化学的・物理的性質が同じであるため、左手と右手が半分ずつ出来てしまうのです。

実は、今でも、そのような人工合成された天然の左手と非天然の右手を半分ずつ含む機能性素材が食品分野で使用されています。その一例にαリポ酸があります。次回は、その鏡像異性体の生理作用の違いを紹介します。