鏡像異性体の悲劇とリポ酸(2)|株式会社シクロケムバイオ
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2013.5.13 掲載

鏡像異性体の悲劇とリポ酸(2)

今回も前回に引き続き、鏡像異性体についてのお話です。前回、鏡に映した右手は、左手に見える、つまり、実像と鏡像の関係にあるものを鏡像異性体と言うことについて説明しました。つまり、鏡像(きょうぞう)とは虚像(きょぞう)、ウソ、偽りの像なのです。この虚像のためにサリドマイドの悲劇は起こりました。

実は、医薬品の中に、多くの虚像異性体を含む製品が存在します。例えば、第一製薬(現在の第一三共株式会社)が1980年代に見いだしたニューキノロン系抗菌剤で、優れた抗菌活性と体内動態を示す薬『タリビット』は、鏡像異性体を50%含む(ラセミ体という)製品で、細菌による感染症の治療薬として、現在でも使用されています。しかし、一方の鏡像異性体に発疹、下痢、けいれん、アキレス腱障害、横紋筋融解症、低血糖などの副作用がみられますが、もう一方は、抗菌活性が2倍あり、副作用はみられないことから、一方のみの光学活性体である『クラビット』という製品が開発されたのでした。しかしながら、製造コストの関係で今でも『タリビット』は流通しています。ただ、現在の医薬品の場合には、臨床試験に基づく使用上限が決められておりますので、副作用があっても大きな問題にはなっておりません。

一方、使用制限のない食品分野においては、この『虚像異性体』の問題は深刻だと思われます。実際に生体内で機能性を持つ多くの天然物質が食品向けに人工合成されています。そして、その中には、人工合成ですので、天然物質と非天然の虚像異性体を半分ずつ含む機能性素材が食品分野で使用されているのです。その一例に、αリポ酸があります。

αリポ酸は、コエンザイムQ10と同様に厚生労働省によって、2004年に医薬品から区分変更され、食品でも利用できるようになった機能性食品素材で、糖代謝の促進によるエネルギー産生や抗酸化作用が注目されています。αリポ酸も医薬品区分であった2004年以前は臨床試験に基づく使用制限があったので、非天然の虚像異性体の副作用は問題になっておりません。しかし、食品にも使用できるようになった現在、多くのサプリメントメーカーが虚像異性体を含むαリポ酸を製品として販売しており、消費者がその虚像異性体の知識を持っておらず、使用制限なく摂取しているのは大きな問題だと考えられます。

αリポ酸の虚像異性体の副作用が、懸念される情報としてアスタメディカの2001年に申請された特許『糖尿病及びその後遺症治療を目的とした医薬品用途としてのR-α-リポ酸の使用』(US6284786)に記載されているS-αリポ酸(非天然の虚像異性体)の糖尿病モデルマウスに対する薬害について、ここで、紹介しておきます。ストレプトゾトシン投与によって糖尿病を誘発させたマウスの平均死亡率33%に対して、天然型のR-αリポ酸を摂取させると死亡率は8%まで低下し(有効な薬理活性物質として働き)ますが、非天然の虚像異性体であるS-αリポ酸を摂取した場合、その死亡率は50%にまで上昇する(毒性物質として働く)ことが示されています。ペットサプリメントであるαリポ酸ラセミ体(天然体と鏡像異性体を半分ずつ含む)サプリメントを摂取した犬や猫が死亡するといった報告もよく聞かれますが、このアスタメディカの実験結果からして糖尿病(糖代謝異常)の犬や猫に対する虚像異性体の問題ではないかと考えられます。