R-αリポ酸の効能とS-αリポ酸の毒性に関する論文の要約と考察(6)|株式会社シクロケムバイオ
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2018.9.10 掲載

R-αリポ酸の効能とS-αリポ酸の毒性に関する論文の要約と考察(6)

前回、このシリーズの(5)では、(1)から(4)までのS-αリポ酸の毒性に関する研究報告のまとめ、そして、これからR-αリポ酸の効能について紹介したい研究報告の予定を箇条書きにしました。しかし、その前に、なぜ、非天然のS-αリポ酸(ラセミ体という50%のS体を含む市販されているαリポ酸を含め)を摂取することに問題があるのか、αリポ酸の吸収性と代謝に関するこれまでの報告と私どもの研究で判ってきたことを紹介しておくこととします。

(1)から(4)までで、肥満患者、がん患者などの慢性疾患を持つ患者、脂質異常で動脈硬化症、虚血・再灌流障害を持つ患者、認知症患者、低血糖症患者、そして、糖尿病患者とそれらの疾患の予備軍の方々にS-αリポ酸摂取の危険性を紹介しました。現在一般に販売されているαリポ酸(ラセミ体)のサプリメントも同様に危険なのですが、日本人の中で、その危険性を知らないとならないこれらの疾患を持つ患者やその予備軍のその割合は人口の約半分近くになります。

まず、私どもは、なぜ幾つものS-αリポ酸の毒性に関する研究論文があるにもかかわらず、厚労省は2004年に医薬成分であったαリポ酸のサプリメント素材としての使用をS-αリポ酸を50%含むラセミ体αリポ酸で認めたのか、疑問を持ちました。

そこで、調べていくうちに分かったことは、厚労省がαリポ酸(ラセミ体)を安全であると認めた動物試験は健常動物を用いた試験であること、そして、数多くのS-αリポ酸やラセミ体αリポ酸に毒性があることを示した論文は糖尿病モデルマウスなどの疾患を持つ動物であることに気付きました。ということは、αリポ酸サプリメントは健康な人にしか安全が確保できないサプリメントと言えないでしょうか?

では、なぜ、糖尿病や脂質異常症、動脈硬化症のモデル動物にS-αリポ酸の毒性が観られたのでしょうか?

その疑問を解明するために、私たちは、R-αリポ酸とS-αリポ酸の吸収性に関する論文に注目しました。

まず、米国ゲロノバ社の2008年の学会発表論文です。

タイトルは……

A comparison of the pharmacokinetic profiles of lipoate enantiomers with the racemic mixture in healthyhuman subjects indicates possible stereoselective gut transport.
(健常人によるR体とS体とラセミ体摂取の吸収性比較と選択的な鏡像体の腸管移動)

……なのですが、この論文タイトルが示しますように、この時点では、R体とS体の腸管から生体への吸収率が異なっているように思われていました。確かに、図1と図2に示していますように、R-αリポ酸とS-αリポ酸、そして、ラセミ体(R体とS体が50%ずつ)のナトリウム塩を経口摂取しますと、R-αリポ酸単独で摂取した場合、そのR-αリポ酸の血中濃度は最も高くなっています。

図1. R-αリポ酸(RLA)、S-αリポ酸(SLA)、ラセミ体(rac-LA)のそれぞれのナトリウム塩の生体吸収性の比較
図1. R-αリポ酸(RLA)、S-αリポ酸(SLA)、ラセミ体(rac-LA)のそれぞれのナトリウム塩の生体吸収性の比較
図2. R-αリポ酸(RLA)、S-αリポ酸(SLA)、ラセミ体(rac-LA)のそれぞれのナトリウム塩の生体吸収性の比較
図2. R-αリポ酸(RLA)、S-αリポ酸(SLA)、ラセミ体(rac-LA)のそれぞれのナトリウム塩の生体吸収性の比較

また、もう一つ同様な結果を示している1999年の研究論文がありました。

Dose-proportionality of oral thiotic acid-coincidence of assessments via pooled plasma and individual data. (ラセミ体を摂取した時の摂取量と吸収性の相関)
Breithaupt-Grogler K, Niebch G, et al. ,Eur J Pharm Sci. Apr;8(1):57-65 (1999)

この研究は、15人の健常な男性(年齢:29.1±3.44、体重:77.9±9.87)に12時間絶食後、ラセミ体を経口摂取(50、100、200、300、600mg)してもらい、血液中のR体とS体の濃度を調べたものです。尚、ワッシュアウト期間は6日でした。その結果、一つ目の論文と同様に、R体の吸収率の方がS体の吸収率よりも高いように見え、この論文でもそのように考察されています。

図3. ラセミ体のαリポ酸摂取後のR体とS体の血中濃度
図3. ラセミ体のαリポ酸摂取後のR体とS体の血中濃度

しかしながら、私たちの研究室では、『同じ分子量の水への溶解度も同じ物質がこれほどまでに本当に吸収性が異なるのでしょうか?』との疑問を抱きました。

そして、私たちは疑問を解決するために大きなヒントとなる以下のような1996年の研究論文を見つけました。

Enantioselective pharmacokinetics and bioavailability of different racemic alpha lipoic acid formulations in healthy volunteers. (健康なボランティアにおけるラセミ体の生体吸収性と製剤の違いの影響)
Hermann R, Niebch G, Borbe HO, et al. Eur J Pharm Sci. 1996;4:167-174

この論文も二つ目の論文と同様にラセミ体で検討しています。しかし、この論文が興味深いのは、経口と静脈注射の両方で吸収性を検討している点です。被験者は12名で9時間以上絶食後に投与しています。静脈内投与ではトロメタミン塩 317.6mg(LA 200mg)を4分間で投与しており、経口摂取では200mgを水溶液にしたものか、50mgラセミαリポ酸含有タブレット4つ(200mg)を水道水200mLで液剤にして摂取しています。摂取後、4時間は仰向けで安静にし、血液を採取し、それぞれの血中濃度を分析しています。

図4. ラセミ体のαリポ酸を静脈投与と水溶液、および、タブレット経口摂取後のR体とS体の血中濃度
図4. ラセミ体のαリポ酸を静脈投与と水溶液、および、タブレット経口摂取後のR体とS体の血中濃度

経口投与は静脈注射の3割程度の吸収性を示し、S体と比べてR体の方が吸収性は高かったと前述の2報と同じ結果ですが、大変興味深い点は、静脈注射後、R体の血中濃度の方がS体よりも高いことが明らかとなっている点です。つまり、腸管からの吸収でなく、直接、血液に投与したにもかかわらず、血中濃度に差が生じているのです。

おかしいと思いませんか?非天然のS体は血液に入ると瞬時に代謝される??

そこで、私たちはR-αリポ酸とS-αリポ酸の生体利用率と生体吸収率に違いがあるのではないかと考えました。すなわち、S-αリポ酸はR-αリポ酸と同様の生体吸収率でありながら、S-αリポ酸は吸収されて血中に取り込まれた際に何らかの理由で分解消失し、生体利用率が低下するのではないかと仮説を立てたのでした。

その仮説を立証するため、私たちは、まず、生体外(in vitro)試験としてヒト結腸癌由来の細胞株であるCaco-2細胞を用いて生体吸収率の評価を行なってみました。

S-αリポ酸とR-αリポ酸は何れも時間依存的に細胞透過量が増加し、取り込み量もほぼ同じで、生体吸収率にS-αリポ酸とR-αリポ酸の間に有意差は無いことを確認しました。尚、αリポ酸の腸内輸送経路は既に詳しく検討されており、トランスポーター仲介経路をとっていることが知られています。

次に、私たちは、生体内(in vivo)試験として、ラットを用い、胃腸吸収部位からのS-αリポ酸とR-αリポ酸の吸収速度の比較を行ないました。ラット(体重230-240g)をペントバルビタールで麻酔後固定し、腹部正中線に沿って開腹しました。胆汁による影響を避けるために胆管を糸で結紮後、胃は食道下部と十二指腸上部に、小腸は幽門部と回盲接合部にカテーテルを挿入・結紮しました。還流液は37℃の試料溶液100mL を10mL / minの速度で還流し、経時的に100μLの還流液を採取し、還流液中のαリポ酸濃度はHPLCを用いて測定しました。その吸収速度測定の概略図は図5で示しています。

図5. R-αリポ酸およびS-αリポ酸の吸収速度測定の概略図
図5. R-αリポ酸およびS-αリポ酸の吸収速度測定の概略図

還流液中の薬物濃度をプロットし、その傾きから消失速度定数、すなわち、吸収速度定数を算出したところ、S-αリポ酸とR-αリポ酸の吸収速度に有意差はないことを確認しました。

図6. R-αリポ酸(RALA)およびS-αリポ酸(SALA)の吸収速度の比較
図6. R-αリポ酸(RALA)およびS-αリポ酸(SALA)の吸収速度の比較

つまり、生体内と生体外の試験で、私たちは、R-αリポ酸もS-αリポ酸もその腸管からの吸収速度に差はなく、同様に吸収されていくことを確認しました。

では、なぜ、幾つものヒト試験で生体利用率(血中濃度)にR体とS体で差が見えたのでしょうか??

私たちは、血清中の蛋白質の中で50~65%を占めるアルブミンがS-αリポ酸消失の原因物質ではないかと疑いました。そこで、アルブミンとαリポ酸の鏡像異性体間の反応性の違いを検討するためS-αリポ酸とR-αリポ酸のそれぞれ10mgを5%ヒトアルブミン水溶液5mLに加え撹拌し、その様子を観察しました。

その結果、R-αリポ酸は均一に溶解したままの状態でしたが、S-αリポ酸はヒトアルブミンと不可逆的な反応が進行し大きな凝集物が生成しました。

写真1. RALAおよびSALAのヒトアルブミン水溶液への溶解性
写真1. RALAおよびSALAのヒトアルブミン水溶液への溶解性

これらの検討結果を総括するとS-αリポ酸とR-αリポ酸は何れも同じ吸収率で生体内へ吸収されると推察されます。しかし、血液中に取り込まれた後にS-αリポ酸のみアルブミンと不可逆的な反応によって不溶性物質を形成することで分解消失しS-αリポ酸の生体利用率(血中濃度)は低下したものと考えられます。

そして、それが……S-αリポ酸の毒性……つまり、血液内でS-αリポ酸から生成する凝集物が原因で腎機能や肝機能に悪影響を与えている可能性があります。

また、凝集物は血液粘度に影響することから、S-αリポ酸を含有するラセミ体αリポ酸を配合した市販サプリメントを摂取することは、血液粘度の制御が困難な糖尿病、メタボリック症候群、脂質異常症、高血圧患者にとっては動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞などを招く危険性があると考えられるのです。

図7. 循環器系におけるS-αリポ酸とアルブミンとの反応による凝集物の形成
図7. 循環器系におけるS-αリポ酸とアルブミンとの反応による凝集物の形成