株式会社シクロケム
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寺尾啓二STORY

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ゲーハート・シュミットさんとの出会い~シクロケム創業

 1990年にワッカーケミー社のゲーハート・シュミットによってα、β、γ、それぞれのシクロデキストリンを選択的に、しかも経済的に製造する方法が開発されました。
αとγのシクロデキストリンはこれまで誰も工業生産したことがない物質なだけに、マーケットがありません。用途も自ら開発していかなければならないのです。営業的に成功しないと、せっかく製造方法を開発したα、γ-シクロデキストリンの将来が開かれて行きません。
研究・開発、営業、技術営業というように、役割分担されている会社の方が多いでしょうから、研究・開発に携わっていた者が営業にまで関わってくるのは、小さな会社ならいざ知らず、一般的には珍しいケースかも知れません。

ゲーハート・シュミットさんと

 開発者のゲーハートとは以前、日本の味の素株式会社にトリプトファンの製造法の売り込みをしたことがあり、それ以来、友人としてつきあっていました。そのゲーハートからシクロデキストリンを扱う会社を独立してつくってくれないかといわれたのです。

 私はそれまで、ビジネスのほかにも、大学の講師として中央大学や神戸学院大学で学生たちと一緒に、自分のアイディアを実現するための研究も続けていて、水の中で分子と分子を簡単にくっつけることのできる脱水縮合剤の開発など、それなりの成果も上げていました。そうした研究・開発を含む働き方をしていたので、会社を辞めて大学教授になることも視野に入れていろいろ考えていました。

 実はゲーハートと会った最初の頃は、シクロデキストリンにそれほど魅力を感じていなかったのですが、その実体を知れば知るほどドンドン嵌まって行って、途中からこれは面白いと興味を引かれるようになっていました。ワッカー社は世界で唯一3種類のシクロデキストリンを製造できる会社であり、設立する新会社は日本では唯一の3種のシクロデキストリンを扱える会社としての魅力はありました。そして、この素晴らしいシクロデキストリンを独占供給してもらえるというのは、つまり競争相手がいないということであり、非常に安定したビジネスが構築できるわけです。研究者志向の私にとって、経営者になることはあまり興味を持っていませんでしたが、考えてみればこんないい話はありません。そうしたことが相まって、独立・起業することを一大決心しました。

 小学校1年生の時、友達から他人の意見を取り入れることを学び、中学生から大学までは、自分を信じることの大切さを学び、社会人になってからは、婚約者の意見を取り入れて、ドイツ系の会社に入り、ドイツ人の親友の勧めで研究分野を変更し、そして、その親友の提案で、研究者から経営者となりました。会社名にもなっている『シクロケムバイオ』の“シクロケム”の由来はサイクリック・ケミストリー、つまり、環状のケミストリーということです。ケミストリーには化学とともに『人と人の間の良好な相性』という意味があります。私自身、これまで多くの人と出会い、その中で、相性のいい人とともに輪になって(環状になって)楽しい人生を過ごしてきました。事業においても、たとえ大きなビジネスが期待できても、それが“上から目線”企業であればケミストリーはないのでビジネス関係を絶ち、お互いにウイン-ウインの関係を構築できる企業とのビジネスを構築したいと考えています。