株式会社シクロケム
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サイエンストーク科学の現場
植物のニオイとシクロデキストリン(1)

調理・加工の方法によって野菜の成分は変化する

今回のゲストは、東海大学副学長(北海道キャンパス担当)であり、野菜の生理作用や野菜を原料とした機能性食品の加工技術などの研究者でもある西村弘行先生です。来年度、4つ目の大学発ベンチャー企業を立ち上げるため、多方面での情報入手に、日々東奔西走していらっしゃいます。
“調理・加工の方法によって、野菜の成分は変化する”という指摘から、対談の口火は切られました。その変化を上手に活用した、「ニオイのしない行者ニンニク入り餃子」のつくり方を伝授してくださる一幕も。若々しくエネルギッシュなお話振りで、明るく楽しい雰囲気のなか、これまでの研究やベンチャー企業の話題を中心にトークが弾みました。

2009年7月掲載(この記事の内容は取材当時の情報です。)

西村 弘行さん

東海大学副学長(北海道キャンパス担当)

'69年名古屋大学大学院農学研究科修士課程修了。同年、北海道大学農学部農芸化学科助手、'74年北海道大学農学博士号取得。米国カリフォルニア大学(バークレー校)博士研究員、北海道大学農学部農芸化学科助教授、北海道東海大学工学部生物工学科教授、同大学夕張バイオ試験農場場長、同大学環境研究所所長、同大学地域連携研究センター所長、同大学学長を経て、東海大改組にともない'08年東海大学副学長(北海道キャンパス担当)に就任。全道産学官ネットワーク推進協議会座長、北海道農芸化学協会会長などを兼任。(有)大地の香取締役、ネイチャーテクノロジー(株)学術顧問なども務める。著書に「未来の生物資源ユーカリ(内田老鶴圃)」「行者ニンニクの凄い薬効(朝日ソノラマ)」「ギョウジャニンニクと北の健康野草(北海道新聞社)」など多数。趣味は囲碁(3段)。

寺尾啓二

(株)シクロケム代表取締役 工学博士 

'86年京都大学院工学研究科博士課程修了。京都大学工学博士号取得。専門は勇気合成化学。ドイツワッカーケミー社ミュンヘン本社、ワッカーケミカルズイーストアジア(株)勤務を経て、'02年(株)シクロケム設立、代表取締役に就任。東京農工大学客員教授、日本シクロデキストリン学会理事、日本シクロデキストリン工業副会長などを兼任。趣味はテニス。

行者ニンニクの生理作用を研究しニオイを消す加工技術を発見

寺尾:初めてお会いしたのは、西村先生が学術担当理事、私が副理事長として関与しているNPO法人新食品・機能性食品と農林畜産業を語る会の会合でした。このとき、西村先生が、「同じ食材であっても、どのように調理・加工するかによって、成分は変化します。こうしたことを考慮したうえ、どのように変化させることで、健康効果を示すのかを明らかにすることが肝要です」と指摘されるのをうかがって、私が常日頃、考えていることに重なり、たいへん共感を覚えました。

西村:私は名古屋大学大学院を修了後、北海道大学農学部農芸化学科の助手になって以来、40年近く、主に道内でよく採れる野菜を対象にその健康作用やそれらの野菜を原料とした機能性食品の加工技術などの研究をしてきました。
とくに熱心に取り組んでいるのが、行者ニンニク、ニンニク、タマネギ、ニラといったユリ科ネギ属の野菜です。そうしたなかで、行者ニンニクのニオイを消す加工技術を開発しました。つまり、行者ニンニクに包丁を入れると、含有成分が酵素によってどのような化学反応を起こしてどのように変わるのか、そのメカニズムを明らかにすることで、いかにニオイを消すのか研究したというわけです。この技術で特許を取得しています。

寺尾:行者ニンニクというのは、北海道の特産ですか。

西村:主産地は北海道ですが、東北や北陸など近畿以北の山野に自生します。千島列島や東シベリアなどでも採れます。「昔、修行僧である行者たちが深山で修行中にこっそり食べて体力をつけていた」といわれたことから、この名前が付けられたとされます。北海道では、古くから山菜として親しまれています。その約90%が野生で、残りの約10%が畑などで栽培されています。栽培では、種を蒔くところから食用になるまでに6年ほど掛かり、茎を切っても次に採取するまでにはおよそ3年かかります。
食後の口臭・体臭がきついために、「土曜日の夜にしか食べられない」という人が多いのですが、私の調理・加工技術を使えば、昼間から安心して食べられます(笑)。最近も、私の大学(東海大札幌キャンパス)の学食で、学生に元気を出してもらいたいと、行者ニンニクを使用した餃子やラーメンをメニューに載せました。

寺尾:そのニオイを消す加工技術とはどんなものですか。

西村:通常、行者ニンニクを包丁でカットすると、まず行者ニンニク中に多く含まれている含硫アミノ酸に酵素アリナーゼが働いて分解し、辛味成分(アリシン様物質)が生成され、さらに分解が進むとニオイ物質ができてきます。そこで、ニオイを消すために、酵素反応が起きないように最初の段階でストップをかけてしまうのです。それには、行者ニンニクを1~2時間、ナマのままラップで包み、冷凍庫で十分に冷やすようにします。温度が低いと、酵素が働かないため、酵素反応が起きないわけです。
では、口臭のしない行者ニンニク入り餃子のつくり方を紹介しましょう。(1)ボウルに豚挽肉を入れ、酒と水を少し多めに加えてよく練る(食べたときに肉汁がジュワッと出てくる秘訣)。ラップを掛けて1~2時間そのままにして、10℃以上に調節する。(2)冷凍庫で十分に冷やした行者ニンニクを手早くみじん切りにし、(1)と混ぜてよく練り、塩・胡椒・ゴマ油で味を調える(別に用意しておいたキャベツやシイタケなどのみじん切りを加えてもよい)。(3)餃子の皮で(2)を包んで焼き餃子や水餃子にします。
もちろん、豚挽肉と行者ニンニクを手でこねているうちに温度があがってきて、酵素反応を起こしアリシン様物質が生成されます。しかし、このアリシン物質と豚挽肉中のビタミンB1との化学反応が優先されてアリチアミンが生成され、ニオイが出るような反応は起こらないのです。アリチアミンはアリナミンの類似物質で、疲労回復効果の高い物質として知られます。したがって、私の方法でつくると、「口臭が気にならず、元気の出る、おいしい餃子」が出来上がるのです。

寺尾:「西村流無臭餃子」というわけですね。ところで、先生の方法でつくっても、特許には抵触しませんか(笑)。

西村:ビジネスに利用しなければ問題ありませんから、心配せずにご家庭でお試しください(笑)。先だって、主婦向けの餃子料理講習会も開きましたが、たいへん好評でした。また7年前から、大学キャンパスで公開講座「山菜採りと試食会」を催し、市民の皆さんに、行者ニンニクをはじめ、さまざまな山菜の効能を紹介しています。
行者ニンニクは疲労回復効果をはじめ、血小板凝集阻害作用やヒトLDL(悪玉コレステロール)酸化抑制作用が高いため動脈硬化予防効果、さらに発がん予防効果や男性ホルモン増加効果などが認められます。札幌の繁華街として有名なすすきのの料理店に頼まれて、北海道の食材を使った薬膳料理の指導も行なっていて、私の監修した料理が私の写真入りでメニューに載っています(笑)。

寺尾:口臭の防御策ということでは、シクロケムの検討結果として、α-シクロデキストリンやマヌカハニーにも口内の虫歯原因菌や歯周病原菌に対する抗菌作用による消臭効果があります。しかし、α-シクロデキストリンで行者ニンニクから発生する硫黄化合物の臭いを抑えることはできませんので、この方法と組み合わせれば面白いかも知れません。

西村:シクロデキストリンはニオイをコントロールするうえでも、非常に興味深い物質であり、これから研究してみたいと思っています。


シクロデキストリンの包接作用で光や熱、酸化、加水分解の影響を抑える

寺尾:私としても、食品や食材の加工過程の変化にもっと留意して、有効成分を安定した状態で、腸まできちんと届けることが重要であると思っています。腸の壁一面にはたくさんの細胞が並んでいます。その細胞の膜を通過して血管に吸収されたものだけが栄養分や有効成分として働きます。いってみれば、口から肛門まで1本の管のようなものなのです。その管の中は体外につながる“外側”であり、サプリメントも含めて食品や食材は、腸に届けられるまで安定を保たなければならないのです。
芋類に含まれる糖質に熱が加わると、ヒドロキシメチルフルフラールという毒性の物質に変化することが確認されています。また、油脂を放置しておくと、酸化により過酸化脂質に変化することもわかっています。植物内の緑色の色素であるクロロフィルにしても、エタノール抽出して光に当てると、退色していき、毒性物質に変わっていくとされます。こうした変化をないがしろにすると、健康を障害する原因にもなりかねません。

西村:食の安全と食品成分の安定性を追い求めていくことは、どのような条件でどのように変化していくかを検証することでもあり、すなわち、「化学」なのです。私の友人でもある名古屋大学の大沢俊彦教授や福井県立大学の大東肇教授らも、農学博士とはいえ、「食(野菜など天然物)」に取り組むことで、その実、有機化学の研究をしているのです。徳島大学の寺尾純二教授は、口から入った食品中の成分がどのような運命をたどるのか、腸での抱合まで徹底して研究していますが、これなんかもまさに化学の研究といえるものです。

寺尾:私の専門は有機合成化学でして、事の成り行きで、シクロデキストリンを扱うようになり、当初は少し距離感を感じたりもしました。しかし、シクロデキストリンと深くつき合うにようになってからは、かなり近いものであることを認識するようになりました。シクロデキストリンの応用開発の中心は食品の有機化学でもあり、学生時代に研究していた“親電子物質への求核反応”といった作用が生体内でも起こっていることに関連して、いろいろなつながりがみえてきたのです。

西村:シクロデキストリンはじつに面白い物質で、その内部空洞に他の物質(=ゲスト分子)を取り込むことによって、ゲスト分子に対する紫外線や熱、酸化、加水分解などの影響を抑えることができます。その結果、変質を防ぎ、安定性を高めることになるのです。

寺尾:ですから、熱や酸素に弱い物質もおおむね、シクロデキストリンで包接すると安定を保っておくことができます。たとえば、コエンザイムQ10。エネルギー生産の促進と強力な抗酸化作用の2大作用をもち、100年の1度の逸材といわれるコエンザイムQ10はそのまま裸の状態では、熱や酸素などによって分解する不安定物質ですが、γ-シクロデキストリンで包接することで安定化を図ることができます。

西村:医薬品では、副作用や配合変化など、安全性についてきちんと検証するように義務づけられています。それに対して、サプリメントを含めた食品全般では、検証はかなり緩やかなのが実情です。メーカー側の裁量にほとんど託されてしまっているのです。

寺尾:サプリメントに表示された含有成分をいろいろチェックしてみると、なかには、ともかく有効成分と考えられるものがズラリと並んでいて、一見、素晴らしく感じられるのですが、それにしても、配合変化などについて検証しているのかどうか、首を傾げたくなることがよくあります。

西村:繰り返しますが、行者ニンニクを冷凍すると酵素反応が起こらないことで、ニオイ物質を抑えることができます。加工技術によって、従来ならばあるべきものが存在しなくなるのです。食の健康作用を考えるとき、よきにつけ悪しきにつけ、調理や加工の方法によって、成分は変化する可能性のあることに、もっと関心をもつことが大切であると申し上げたいですね。

寺尾:大賛成です。次回は、西村先生の他の研究についても詳しくお話をうかがっていきたいと思います。

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